会社の沿革

バイオ・ノーマライザー、41年の歩み

1965


1969
「バイオ・ノーマライザー」の開発研究資金調達を目的として、特殊土木の業界に施工業者として進出。

機能性食品「バイオ・ノーマライザー」を開発。
1975 リスクの多い工事施工業者から脱皮し、技術コンサルタント及び、新技術開発業務に切り替え、農業技術分野にも進出。
1981 熱帯・亜熱帯地域では技術面において不採算と諦められていた乾燥牧草ナピアグラス生産プロジェクトのパイロット・ファームをフィリピンに設置、低コスト生産技術の開発に成功。
1988 熱帯食用植物をベースにしたニュートラシューティカルとして「バイオ触媒」を製品化し、商品名「バイオ・ノーマライザー」のコマーシャル・ベースでの生産を開始。国内外に販売開始。
1989



1991
アルコール発酵微生物HSO-1株による(高温反応適応性、強凝集性による連続操作可能にした)著しい生産コスト低減に成功。通産省工業技術院生命工学工業技術研究所へ国際委託。

学術論文「バイオ・カタライサーα・ρNo.11(バイオ・ノーマライザーNo.11)とその副産物のフリーラジカル消去作用」が発表され、「バイオ・ノーマライザー」はフリーラジカルを消去する抗酸化物質であることが分かった。
1993 ウクライナ・チェルノブイリ原発事故被爆者救済医療ミッション派遣。
1994


1995
フィリピンに大里研究所設置
ロシア国立医科大学内に大里研究所を設置、同大学との共同研究を始める。

チェルノブイリ原子力発電所の爆発事故による多数の放射被曝犠牲者への人道医療ミッションで救済活動を行ったことを知ったゴルバチョフ元大統領とライサ・ゴルバチョフ夫人が岐阜を訪れ、感謝状を授与される。
1996 フィリピン・ラグナ工業団地内保税地区内に「バイオ・ノーマライザー」製造工場を完成、操業開始。岐阜大学内の岐阜地域共同研究センターにて共同研究開始。
1999





2000
大里研究所が、新たに乳酸発酵菌「AKIRA-株」を発見。バイオ・ノーマライザー製造への応用研究を開始。

マニラ工場において、「AKIRA-株」を使うことにより、それまで1年間の必要だった養生期間の大幅短縮に成功し、マニラ工場での一貫生産により品質の安定化が図れようになった。

フィリピン政府機関(PCSO)の医療機関で買い上げが決まり、貧困層の患者対象無償供給のプロジェクトに利用されるようになった。
2001 北京事務所開設。
2002



2003


2004


2006


2009
パプアニューギニア国の国家元首の招聘に応じ、マラリアに対するヘルスミッション派遣。日本大使館にて国家元首及び日本大使の立会署名を頂いた「バイオ・ノーマライザー」供給契約調印。

中国のSARS流行に対し、天津国立医科大学への人道医療ミッションを実施し、「バイオ・ノーマライザー」を贈呈。感謝状を授与された。

バイオ・ノーマライザーが中国の政府衛生局において保健食品に「免疫調節用保健食品」として批准(認定)され、正式登録される。

タイの「エイズ・チルドレン・ホスピス」で、「バイオ・ノーマライザー」による人道的医療ミッションを実地。

フィリピンBatangas経済特区内に「バイオ・ノーマライザー」製造工場を移設
会社外観
◆都市機能と自然、文化香る本社周辺
岐阜市今小町にあるバイオ・ノーマライザーの本社は長良橋通りに面し、岐阜市役所と岐阜県庁のほぼ真ん中に位置します。通り向かいが岐阜新聞社、西にNHK岐阜放送局もあります。
北へ少し歩くと、鵜飼で有名な長良川、東は金華山山頂に岐阜城がそびえます。